2025/07/07 08:01

夜の棚をひとりで歩いていると
楽譜のページの間から
微かな呼吸のような気配がした。
それは、譜面の中にある鳴らされなかった空白の温度。


夜杜は飴缶をそっと開いて、静かに語りだした。


「ぼくはね、“音楽になれなかった気持ち”の居場所になりたいと思ったんだ。
音符の上には意思がある。演奏されれば響きになる。
でもそのあいだには、“選ばれなかった音”たちの気配が
ずっと指をのばすこともできずに眠っている。
それらを、置いてきぼりにしたくなかった。
だから、ぼくは――
譜面の隙間に潜ることにしたんだよ。」

その日、譜面は一度もめくられなかった。
けれど夜杜は、ページのふちに飴をひと粒置いた。
今日の味は『鳴らされない1音が持っていた希望の味』
ローズマリーの静かな香りに、かすかに光るミントが揺れていた。
 

「演奏されなくても、
誰かがそこに耳を澄ませていたなら――
それはもう、音楽になったと思うよ。
だから、ぼくはこの隙間に居つづけている。
鳴らされない音に、いつか風が来ると信じて。」