2025/07/07 09:18
ある雨の夜。
狐秋桜堂の店先には譜面が雨粒に打たれ、
五線がうっすらにじんでいた。
楽譜棚の影で、夜杜がシルクハットをそっと傾ける。
「五線譜。 ただの“線”と思われがちだけどね
本当は“音たちの社会”みたいなものさ。
高すぎると仲間になれないし、
低すぎると忘れられる。
だから、 この五本の線は
“音たちが隣り合って共鳴するための協定”なんだよ。」
飴缶をぽんと開けると、
出てきたのは「譜面の余白と同じ味」――
『白胡椒と青ミントの“考える飴』だった。
でも不思議だね。
この線の外にも、“鳴りたがっている音”たちはいる
しばしば、それらは“外線”と呼ばれて、臨時に加えられる。
まるで、“音楽の外で生きる者たち”のようにね。」
彼はそこで、少し間を置いた。
「ぼくはね――
その“線と線のあいだ”に潜んでいる。
そこは誰にも踏まれないけど、
誰かの“感情”が静かに沈んでいく場所だから。
音になる前の気配、
線を越えたがっている一粒の響き――
それを見守るのが、ぼくの仕事なんだ。」
その日の楽譜には、五線を越えて書かれたひとつの音符があった。
誰も気づかずに演奏し損ねたけれど、
夜杜さんはそれを見つめて、
そっと言葉を置いた。
「線を踏み外した音も、誰かが覚えていれば旋律になる。
だから、五本で足りないなら——
あいだに潜って、余韻を紡げばいい。」

