2025/07/18 23:15
狐秋桜堂の音楽室。
曇天の午後には鍵盤すら沈黙していた。
譜面台の上、音符たちが小さく囁き合う中で、
誰にも見向きされない存在がそこにいた。
——休符。
音を鳴らさない者。
けれど、音楽の中で最も“決断”を伴う記号。
彼は語らない。
鳴らない。
でも、その場にいる。
「私は音じゃない。
でも、私が居なければ音楽は呼吸しない」
そう呟いた時、音符のひとつが眉を寄せた。
「あなたがいることで、私の意味が消えることもある」
「それでも、誰かが“話し終える”ために、私は必要なんだよ」
夜杜は飴缶から「白霧と和三盆」の飴を取り出す。
無音に近い味。
それでも、舌の奥に残る記憶のように
かすかに甘い。
「休符は、無音ではない、時間なんだ。
音楽が動かないことで、聴く者の心が動く。
語らないことで、語ったことの余韻が濃くなる」
譜面台にあった休符が、その言葉で少しだけ背筋を伸ばした。
音符たちは黙って頷き、次の小節で少し広めの余白をあける。
その午後、狐秋桜堂では“音にならない音楽”が深く響いていた。
そして
「鳴らずに残る余韻」だけが静かに残った。

