2025/08/02 01:02

狐秋桜堂の音楽室、今宵は静かに時間が流れていた。そこへ、「カラカラ」と軽快な音を鳴らしながら、棚の奥からマラカスの姉妹が顔を出す。片方は星模様、もう片方は月模様。夜杜は彼女たちの訪れに、飴缶を指でそっと弾く。出て来たのはライムとミントが混ざった、月の色をした涼しげな味の飴。


「ふむ。どうやら今夜も騒がしいようだね。」

と、夜杜はシルクハットを軽く持ち上げ、椅子から立ち上がった。


音楽室の精霊たちも、マラカス姉妹のビートに引き寄せられるように集まり始め、ト音記号がくるりと回り、バス記号がしぶしぶ身体を揺らす。夜杜はピアノの蓋をそっと閉じ、つま先でステップを踏んだ。


「踊るのも悪くはない。」


彼のジャケットの裾が風に揺れるように広がり、音楽室の照明が薄暗い舞踏会のような輝きを放ち始める。マラカス姉妹は左右から夜杜を囲み、「カラカラ、シャカシャカ」と軽快に踊りはじめた。


彼の胸ポケットの飴缶も、まるでマラカスのリズムと共鳴しているように、夜杜の動きに合わせて、カラカラと鳴り続けている。いつの間にか、音符や音楽記号たちが輪を作り、楽譜の上を跳ね、旅の行商人エルム・ヴァレリアが持ち込んだ“踊る譜面”が、棚の隅で微笑んでいる。


夜杜の瞳の奥には、遠い昔に聴いた舞曲の記憶が揺らいでいた。誰にも言わないが、昔一度だけ踊った相手がいた。その記憶が、ライムミントの飴とともに静かに胸に溶けてゆく。


最後にマラカス姉妹がぴたりと音を止めると、夜杜は飴をカリっと砕き、微笑んだ。


「今夜のリズムは、悪くなかった」



音楽室は再び静寂を取り戻した。