2025/08/22 15:16

狐秋桜堂の庭に、色とりどりの提灯が灯る。
風鈴が涼やかに鳴り、夜の帳がゆっくりと降りてくる頃——
音楽室の扉が、ぱたん、と弾けるように開いた。

「夜杜さん、浴衣に着替えませんか? 今年は音符柄の新作ですよ!」
ト音記号が、はしゃいだ声で飛び回る。

「私はスーツ以外着ない主義でね」
夜杜はシルクハットを軽く持ち上げ、ジャケットの内ポケットから飴缶を取り出す。
蓋を開けると、ひんやりとした青りんご味の飴が、祭りの気分にぴたりと現れた。

狐秋桜堂の夏祭りは、ただの祭りではない。

楽譜の精霊たちが屋台を出し、音楽記号たちが踊り、楽器たちが自ら演奏する——
現実と幻想が入り混じる、狐秋桜堂ならではの祝祭だ。

🎐屋台のラインナップ:
三味線の串焼き屋台(弦が焼ける音が香ばしい)
ピアノのかき氷屋(鍵盤を押すと味が変わる)
音符すくい(すくった音符で即興演奏ができる)
休符の射的(当たると一瞬静寂が訪れる)

「夜杜さん、今年の花火は“音の打ち上げ”ですよ!」
休符の精霊が、うきうきと報告する。
「また厄介な楽譜が混ざってないといいが……」
夜杜は眉をひそめつつも、飴の甘さに気分を乗せて、演奏台へ向かう。

夜空に向かって、夜杜がピアノを奏でる。
一音目が空へ昇り、ぱん、と弾けると、音の花火が五線譜の形に広がった。
音符たちは歓声を上げ、ト音記号は空中でくるくると舞う。

「今年も、狐秋桜堂の夏は賑やかだね」
夜杜は飴を口に含みながら、静かに微笑む。

その時、屋台の奥から、エルム・ヴァレリアが持ち込んだ“音の綿菓子”がふわりと浮かび上がる。
食べると、その人の好きな旋律が耳元でささやくという、ちょっと不思議なお菓子だ。

「夜杜さん、綿菓子どうぞ!」
ト音記号が差し出すと、夜杜はひと口。
耳元で、どこか懐かしいジャズの旋律が流れた。

「……悪くないね。来年は、スーツに浴衣の帯でも巻いてみようか」
音楽室の仲間たちは、どっと笑った。

夜空には、音の花火が次々と打ち上がり、
狐秋桜堂の夏祭りは、幻想と笑いに包まれて、夜更けまで続いた。