2025/09/15 03:37
狐秋桜堂の音楽室に、秋の風がそっと吹き込む。
今日は敬老の日。音楽室の仲間たちは、いつもより少しだけ丁寧に音を並べていた。
「今日は、音楽室の長老たちに敬意を込めて演奏をしよう」
夜杜はシルクハットを整え、ジャケットの内ポケットから飴缶を取り出す。
蓋を開けると、ほんのり甘い黒糖味の飴がひとつ、彼の気分にぴたりと現れた。
「演奏曲は『上を向いて歩こう』。悲しみを越えて、空を見上げる歌だ。
音楽室の空にも、きっと届く」
ト音記号は譜面を広げ、休符たちは静かに並んで耳を澄ます。
三味線は、懐かしい昭和の響きを模して低く優しく鳴り、ピアノはゆったりとしたテンポでイントロを奏でる。
音楽室の隅には、古い音符精霊たちが集まっていた。
彼らは五線譜の隙間に長く住まい、昔の旋律を記憶している。
その姿は少し霞んでいるが、音が鳴るときだけ、はっきりと現れる。
「上を向いて歩こうーーー」
夜杜が歌詞を口ずさむと、音符の精霊たちがそっとつづく。
「昔、あの曲をラジオで聴いた夜があったよ」
老いたト音記号が語る。
「戦後の空は広かった。音楽が、希望だった」
演奏が進むにつれ、音楽室の天井が開き、秋の空が広がる。
雲の隙間から、月の光が差し込み、五線譜の隙間を照らす。
「敬老の日は、過去を讃える日じゃない。
今も音を紡ぎ続ける者たちに、敬意を贈る日だ」
夜杜は飴を口に含みながら、静かに微笑む。
演奏が終わると、音楽室は静けさに包まれた。
老いた音符精霊たちは、少しだけ若返ったように見えた。
「ありがとう、夜杜さん。音楽室は、まだまだ現役だよ」
彼らの声は、秋風に乗って、狐秋桜堂の庭先まで届いた。

