2025/10/07 01:48

狐秋桜堂の音楽室に、カチ…カチ…と一定の音が響いていた。  

それは、音楽室の片隅に置かれた古いメトロノーム。  

木製の三角形の体に、金属の振り子が揺れている。


「また“先生”って呼ばれたよ」  

メトロノームが、少し照れたように呟く。  

「別に教えてるつもりはないんだけどねーーー。  

ただ、時間を刻んでるだけさ。」


ト音記号がくすくす笑う。  

「でも、あなたがいないと、みんなバラバラになるでしょ?  それって、立派な“指導”じゃない?」


「いやいや、私はただの“基準”だよ。みんなが勝手に合わせてくるだけ。」  

メトロノームは、少し拗ねたように振り子を揺らす。


「“先生”って呼ばれるのは、責任を背負うことでもある。でも、君は誰かを導くというより、みんなの“迷い”を受け止めてるんだよ。」  

夜杜はシルクハットを整えると、ピアノの前に座り、ゆっくりと鍵盤に指を置く。


演奏が始まると、メトロノームは黙って時を刻む。  

カチ…カチ…  

その音は、音楽室の呼吸のように、静かに響いていた。


「時々、止まりたくなるんだーーー。  

誰かが“自由に”演奏してるのを見ると、自分の存在が邪魔なんじゃないかって」  

メトロノームがぽつりと漏らす。


「でもね、君がいるからこそ、  “自由”が際立つんだよ」  

と夜杜は微笑む。


音楽室の天井が開き、星空が広がる。  

メトロノームの音は、星々の間に吸い込まれていく。


「“先生”って呼ばれるのは、 ちょっと面倒で、ちょっと誇らしい。でも、君はそのままでいい。  

ただ、時を刻んでくれれば」


夜杜がそっと取り出した飴缶の中には

時間の粒を封じたような

琥珀色の飴がひとつ

そっと残っていた。