2025/10/20 05:55

それは、秋の午後の陽だまりが音楽室のステンドグラスを柔らかく染める頃のこと。


狐秋桜堂の音楽室には、今日も夜杜が佇んでいた。三つ揃いのスーツに身を包み、シルクハットの影から覗く瞳は、どこか遠い記憶を見つめているようだった。彼の翼は、窓辺の光を受けて淡く輝き、まるで音符のように空気を舞っていた。


そこへ、旅の行商人がふらりと現れた。背負った鞄から取り出したのは、時を越えて黄ばみ始めた一冊の楽譜。表紙には「午後のワルツ」と金文字で記されていた。


「これは、かつてある貴族が恋人のために書いた曲だそうです。演奏されることなく、長い旅をしてきました。」


夜杜は飴の缶をそっと振った。カラン、と鳴って出てきたのは、紅茶と洋梨の香りが混ざった飴。優雅な午後にふさわしい味だ。


ピアノの前に座ると、夜杜は静かに指を鍵盤に置いた。最初の音が響いた瞬間、音楽室の空気が変わった。ワルツの旋律は、まるで午後の陽射しが踊るように、軽やかに、そして切なく流れていく。


楽譜のページをめくるたび、夜杜の翼がふわりと揺れ、音楽室の壁に影絵のような模様を描いた。行商人は目を細め、まるでその旋律が、彼の旅の疲れをそっと癒してくれるようだと感じた。


曲が終わると、夜杜は静かに立ち上がり、飴の缶をもう一度振った。今度は、バニラと栗の飴が出てきた。


「この午後は、記憶に残る午後になりましたね。」


行商人は深く一礼し、また次の町へと旅立っていった。音楽室には、ワルツの余韻と、飴の甘い香りがいつまでも漂っていた。


——狐秋桜堂の午後は、今日も優雅に、そして少しだけ魔法のように過ぎていく。